魏石鬼八面大王
- 読み
- ぎしきはちめんだいおう
- 別名・土地での呼び名
- 八面大王伝説
- 種類
- 鬼
魏石鬼八面大王 (ぎしき はちめんだいおう)は、長野県の安曇野に伝わる伝説上の人物。八面大王とは、魏石鬼(義死鬼)の別称である。南安曇郡穂高町大字有明を中心として周辺の市町村に広く伝承されている。 「八面大王伝説」は口碑として民間に伝えられる一方で、地域の寺社縁起の中にも書きとめられてきた。安曇野における農耕の原始開発にともなってこの地域に生成した鬼伝説が周辺地域に広く流布して現在の伝説に成長した。口碑や文献の多くは坂上田村麻呂が有明山の鬼賊を退治したという形を取っているが、田村麻呂の史実に基づかない伝説であることが明らかになっている。
出どころ: ウィキペディア「魏石鬼八面大王」(CC BY-SA 4.0)。記事の冒頭の要約。
歴史
八面大王伝説は『仁科濫觴記(にしならんしょうき)』に見える、田村守宮を大将とする仁科の軍による、八面鬼士大王を首領とする盗賊団の征伐を元に産まれた伝説であると考えられている。
現在の安曇野で伝承されている八面大王伝説は鬼伝説・坂上田村麻呂伝説・動物報恩譚の3要素から構成されており、動物報恩譚は明治時代以降に児童文学者を中心に取り上げられたため、本来の八面大王伝説にはなかった要素である。坂上田村麻呂伝説も江戸時代以降に鬼伝説に付会された要素であり、享保9年(1724年)成立の『信府統記』が次第に八面大王伝説の初出文献、または基本文献と考えられるようになるが、もともと坂上田村麻呂伝説とは無縁な話である。現在は、妻の紅葉鬼神ともども田村利仁によって討伐されたという『信府統記』の記述に基づく伝説が、広く松本盆地一帯に残っている。出典となった『信府統記』に読み仮名がないため、正式な読み方は不明である。
やめのおおきみ(八女大王)と読んで、福岡県八女の古代豪族磐井との繋がりも考えられている。
伝説の概要
『仁科濫觴記』にみられる記述は、
ことを特徴とする。ここでは「八面大王」という個人ではなく、8人の首領を戴く盗賊集団あるいはその首領の自称として「八面鬼士大王」の名で登場する。概略は次のようなものである。
坂上田村麻呂伝説と『仁科濫觴記』
『仁科濫觴記』の話は具体的であることから、この戦いに実際に参画したかあるいはその近辺にいた者による記述の可能性が考えられている。これを史実として認めるとすると、上記の「八面大王」と呼ばれた盗賊団を捕えた大将とは、田村守宮であった。
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