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海難法師

読み
かいなんほうし
別名・土地での呼び名
かんなんぼうし
出る土地
東京都
出る場所
海

海難法師(かいなんほうし)とは、伊豆七島に伝わる幽霊の一種。地元では“かんなんぼうし”と呼ばれる。 水難事故で死亡した者の霊とされる。たらいに乗って沖からやって来て、その姿を見たものは同様の死に様を晒すと言われている。

出どころ: ウィキペディア「海難法師」(CC BY-SA 4.0)。記事の冒頭の要約。

起源

海難法師の事の起こりは江戸時代、寛永5年のことである。豊島忠松(とよしまただまつ、豊島作十郎。)という悪代官(八丈島代官)が島民たちを苦しめて、憎まれていたという。そこで島の人々は忠松を殺すために、わざと海が荒れる日を選んで島巡りをするように勧めたのである。まんまと罠にはまった忠松は、言われた通りに海に出て波に呑まれて死んでしまった。それ以来、毎年旧暦の1月24日になると、島民たちに騙されたことを怨む忠松の霊が、海難法師となって島々を巡るのだという。

別伝では代官を殺そうとしたまでは同じだが、村の若者25人が暴風雨の夜にそれを決行し、船で逃亡した。しかし、かくまってくれる島や村はなく、さまよった挙句、1月24日に海難事故で全員が死亡した。村人に裏切られ、この世に恨みを残して死んだ怨霊が島々を巡るという怨霊伝説になっているが神津島に限っては「二十五日様神事」として闇夜に神職が海からの来訪神を迎え、集落内・辻々の猿田彦神を巡拝する厳格な神事となっている。

この25人の霊は日忌様(ひいみさま)と呼ばれ、伝承の発祥地とされる伊豆大島の泉津地区にはこの日忌様の祠が祀られている。

記事の「起源」の節から。長い節は700字で切っています——続きは記事で。