
河童
河童(かっぱ)は、日本の妖怪。日本三大妖怪の一つで、本邦でもっとも馴染深い水棲の妖怪。 河童は水神が零落したもの、という仮説が顕著である。
出どころ: ウィキペディア「河童」(CC BY-SA 4.0)。記事の冒頭の要約。
各地の伝承
河童に関連する有形の遺物としては、各地に河童神社(宮崎県磯良神社)、河童塚(宮崎県・徳泉寺)がある。
起源
河童が、中国の河伯信仰が大陸から渡来しておきたという説がある。これは、柳田國男による、妖怪が神の零落したかたちというテーゼを石田英一郎が河童に当てはめて河童は水神がおちぶれたものとしたところを起点とする。石田の『河童駒引考』では、さらに河童の牛馬引き(日本各地の伝承)のルーツに、水神に牛馬の供犠があったとみるが、日本ではその例をみつけることは難しいとしており、ユーラシア大陸の諸例を比較し、中国では河伯を祀るのに牛馬を沈める慣習があることを対比させたものである。
水神祭において河童を祀るのは、西日本に多い傾向があるとされ、高知県南国市下田の河伯神社では「エンコウ」と称して河童を祀る。
また、水神祭の神の依り代として使われるヒトガタが、河童の形状の形成に影響したという考えも見られる。
また、河童とはそもそも藁人形やの類だったのではないか、という説もある。これは河童の片腕を引っ張るともう片腕が縮むという性質と関連する。そういった起源譚の例として以下の様な伝承がある。
神護景雲の頃、常陸国鹿島の春日社を奈良の三笠山へ遷宮するにあたり、内匠頭某が99体の人形に対し匠道の秘法で加持した所、皆童と化し神力をもって仕えたため神社の造営が早く済んだ。その後、不要になった人形を川に捨てた所、人畜に害を及ぼすようになったので、称徳天皇により化人の災禍鎮定の勅命が下され、化人たちに触れを出したら災禍が止んだという。
記事の「各地の伝承」・「起源」の節から。長い節は700字で切っています——続きは記事で。