あやかしを視るα版
小幡小平次(葛飾北斎『百物語』)
絵:小幡小平次(葛飾北斎『百物語』)。葛飾北斎、1830年ごろ(Public domain)出どころ

小幡小平次

読み
こはだこへいじ
種類
幽霊
絵の本
百物語

小幡 小平次(こはだ こへいじ)は、江戸時代の伝奇小説や歌舞伎の怪談物に登場する歌舞伎役者。幽霊の役で名をあげた後に殺害され、自分を殺した者のもとへ幽霊となって舞い戻ったという。創作上の人物だが、モデルとなった役者が実在したことが知られている。

出どころ: ウィキペディア「小幡小平次」(CC BY-SA 4.0)。記事の冒頭の要約。

概要

巷間に伝わる小幡小平次の奇譚が一つの物語として形を成すのは、享和3年 (1803) に江戸通油町僊鶴堂から出版された山東庵京伝作・北尾重政画の伝奇小説『復讐奇談安積沼』(ふくしゅう きだん あさかの ぬま)をその嚆矢とする。次いで文化5年 (1808) 閏6月に江戸市村座で初代勝俵蔵(四代目鶴屋南北)作の『彩入御伽艸』(いろえ いり おとぎ ぞうし)が初演され、今日に伝わる小幡小平次のあらましはこの2作によって決定的なものとなった。

近代の歌舞伎や演劇の原作としては、鈴木泉三郎が1924年に小幡小平次譚に基づき執筆した戯曲『生きてゐる小平次』が翌1925年の初演以降しばしば取り上げられ、落語の新作怪談物としても脚色されるなど、よく知られる作品となっている。

伝承

小平次は二代目市川團十郎の時代の江戸の役者だったが、芸が未熟なためになかなか役がつかなかった。小平次の師匠は彼を哀れんで金を握らせ、賄賂を使ってどうにか役を得るようにと言った。

ようやく小平次が得たのは、顔が幽霊に似ているとの理由で幽霊役だった。彼はこれを役者人生最後の機会と思い、死人の顔を研究して役作りに努めた。苦労の甲斐あって小平次のつとめる幽霊は評判を呼び、ほかの役はともかくも幽霊だけはうまいということで、「幽霊小平次」と渾名され人気も出始めた。

小平次にはお塚という妻がいたが、お塚は愚鈍な小平次に愛想を尽かし、鼓打ちの安達左九郎という男と密通していた。奥州安積郡(現・福島県)への旅興行に出た小平次は、左九郎から釣りに誘われるがままに一緒に安積沼へ行くと、そこで沼に突き落とされて命を落としてしまう。

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