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三上ヶ嶽の鬼
三上ヶ嶽の鬼(みうえがたけのおに)とは、古代に丹後国の三上ヶ嶽に住んだという3匹の鬼、英胡(えいこ)・軽足(かるあし)・土熊(つちぐま)のこと。 三上ヶ嶽は大江山の古名とされている。
出どころ: ウィキペディア「三上ヶ嶽の鬼」(CC BY-SA 4.0)。記事の冒頭の要約。
説話
飛鳥時代、聖徳太子の異母弟である当麻皇子(麻呂子皇子・当麻王、説話では「麻呂子親王」と称される)に三上ヶ嶽に住む鬼の討伐が命じられた。
大和を出発して丹後に向かった皇子は、途中丹波国の篠村の馬堀(現在の京都府亀岡市篠町馬堀)にて死んだ馬を掘り起こしたところ生き返らせることに成功して龍馬(駿馬)を手にいれ、続いて額に老人と鏡を付けた白犬が皇子に従った。更に雲原の仏谷(現在の京都府福知山市雲原の仏谷地区)にてウツギの鞭から7体の薬師如来像を彫って、鬼退治が成功した暁には7つの寺を造営する誓願を立てた。
三上ヶ嶽で3匹の鬼と遭遇した皇子は、鬼が妖術で姿を晦ましたために苦戦を強いられるが、白犬の額に付いていた鏡に照らされてると鬼の妖術は効力を失い、姿を現した鬼たちのうち2匹は皇子に討ち取られ、残された1匹も丹後国の竹野郡に追い詰めると、岩窟に閉じ込めることに成功した。
鬼退治に成功した皇子は神に感謝して、丹波・丹後に以下の7つの寺を建立して7体の薬師如来像を分置したという。
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