
猫又
猫又、猫股(ねこまた)は、日本の民間伝承や古典の怪談、随筆などにあるネコの妖怪。大別して山の中にいる獣といわれるものと、人家で飼われているネコが年老いて化けるといわれるものの2種類がある。
出どころ: ウィキペディア「猫又」(CC BY-SA 4.0)。記事の冒頭の要約。
山中の猫又
中国では日本より古く隋時代には「猫鬼(びょうき)」「金花猫」といった怪猫の話が伝えられていたが、日本においては鎌倉時代前期の藤原定家による『明月記』の天福元年(1233年)8月2日の記事に、南都(現在の奈良県)で「『猫胯』が一晩で数人の人間を食い殺した」という記述がある。この記述が文献上に登場した初出とされており、猫又は山中の獣として語られていた。ただし、『明月記』の猫又は容姿について「目はネコのごとく、体は大きい犬のよう」と記されていることから、真偽を疑問視する声もあり、人間が「猫跨病」という病気に苦しんだという記述があるため、狂犬病にかかった獣がその実体との解釈もある。また、鎌倉時代後期の『徒然草』に「奥山に、猫またといふものありて、人を食ふなると人の言ひけるに」と記されている(第89段)。
江戸時代の怪談集である『宿直草』や『曽呂利物語』でも、猫又は山奥に潜んでいるものとされ、深山で人間に化けて現れた猫又の話があり、民間伝承においても山間部の猫又に関する伝承が多い。山中の猫又は後世の文献になるほど大型化する傾向にあり、1685年(貞享2年)の『新著聞集』では、紀伊国の山中で捕えられた猫又は「イノシシほどの大きさ」とあり、1775年(安永4年)の『倭訓栞』では、猫又の鳴き声が山中に響き渡ったと記されていることから、ライオンやヒョウほどの大きさだったと考えられている。1809年(文化6年)の『寓意草』で犬をくわえていたという猫又は「9尺5寸(約2.8メートル)」とある。
記事の「山中の猫又」の節から。長い節は700字で切っています——続きは記事で。