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高丸

読み
たかまる
別名・土地での呼び名
安倍氏悪事の高丸/安倍高丸/悪事の高丸/明石の高丸/近江の高丸
出る土地
滋賀県
種類
鬼
出る場所
寺・社・墓

高丸(たかまる)は、鎌倉時代に記された清水寺の創建伝承に登場する陸奥国の伝説上の人物。南北朝時代には諏訪大社の縁起に取り込まれ、安倍氏悪事の高丸、安倍高丸などの名前で記された。また室町時代には御伽草子などの文学作品にも引用され、悪事の高丸、近江の高丸、明石の高丸など鬼として語られた。

出どころ: ウィキペディア「高丸 (人物)」(CC BY-SA 4.0)。記事の冒頭の要約。

歴史

『群書類従』所収の藤原明衡撰「清水寺縁起」では大納言・坂上田村麻呂による清水寺の創建伝承が記されているものの、平安時代の時点では清水の観音(清水寺)信仰と田村麻呂による蝦夷征討に関した事蹟は結び付けられていなかった。これは『今昔物語集』『扶桑略記』『源平盛衰記』の中で記されている「清水寺縁起」についても同様である。

「清水寺縁起」に田村麻呂による蝦夷征討の事蹟が反映されたことで、田村語りが創出されていくとともに「高丸伝説」が付会されたのは、鎌倉時代に武家の時代が到来して軍記物語が登場して以降となる。

伝承地

高丸終焉の地である「神楽岡」の詳細は判然とせず、『奥羽観跡聞老志』巻之10でも達谷の近くと推測するに留まる。宮城県遠田郡涌谷町箟岳字神楽岡に所在する箟峯寺には、田村麻呂が赤頭高丸と悪路王を討って首を京に送った後、胴を岡の上に埋めるとともに戦死者を葬った塚を築き、その上に観音堂を建てたという伝説が残る。

しかし伊能嘉矩は「未だ必ずしも一地に拘泥すべからず」と述べている。また定村忠士は、『諏方大明神画詞』における騎馬武者の流鏑馬や『鈴鹿の物語』における鈴鹿御前の星の舞(坂上田村麻呂伝説を参照)に着目し、「神楽岡」とは文字通り「神楽の舞台」であって実在の場所ではなく、箟岳字神楽岡は先行する伝説にならって後から付けられた地名だろうと説いている。

記事の「歴史」・「伝承地」の節から。長い節は700字で切っています——続きは記事で。