あやかしを視るα版
鉄鼠(鳥山石燕『画図百鬼夜行』)
絵:鉄鼠(鳥山石燕『画図百鬼夜行』)。鳥山石燕、1776年(Public domain)出どころ

鉄鼠

読み
てっそ
別名・土地での呼び名
三井寺鼠/頼豪鼠
出る土地
滋賀県
種類
獣
出る場所
家/寺・社・墓

鉄鼠(てっそ)は、平安時代の園城寺の僧頼豪の怨霊とネズミにまつわる日本の妖怪。「鉄鼠」の名は江戸時代の妖怪画集『画図百鬼夜行』において作者鳥山石燕がつけた名であり、『平家物語』の読み本『延慶本』では頼豪の名をとって頼豪鼠(らいごうねずみ)、妖怪を主題とした江戸時代の狂歌絵本『狂歌百物語』では由来である滋賀県大津市の三井寺(園城寺)の名をとって三井寺鼠(みいでらねずみ)ともいう。平成以降には京極夏彦による推理小説『鉄鼠の檻』の題名に採用されたことでも知られるようになった。

出どころ: ウィキペディア「鉄鼠」(CC BY-SA 4.0)。記事の冒頭の要約。

物語

『平家物語』によれば平安時代、頼豪は、効験があれば思いのままに褒美を取らせるという白河天皇との約束のもと、皇子の誕生を祈祷し続け、承保元年(1074年)12月16日、見事これを成就させた。頼豪は褒美として園城寺の戒壇院建立の願いを申し出たが、対抗勢力である比叡山延暦寺の横槍のため、叶えられることはなかった。

このことを怨んだ頼豪は、自分の祈祷で誕生した皇子・敦文親王を、今度は祈祷で魔道に落とそうと断食に入った。やがて100日後、頼豪は悪鬼のような姿に成り果てて死んだが、その頃から敦文親王の枕元に妖しい白髪の老僧が現れるようになった。白河天皇は頼豪の呪詛を恐れて祈祷にすがったが効果はなく、敦文親王はわずか4歳にしてこの世を去った

『平家物語』の読み本である『延慶本』や『長門本』、その異本である『源平盛衰記』などによればその後、頼豪の怨念が巨大なネズミと化し、延暦寺の経典を食い荒らした。延暦寺は頼豪の怨念に怖れをなし、東坂本に社を築いて頼豪を神として祀り、その怨念を鎮めた。後にその社は「鼠の秀倉(ねずみのほくら)」の名で伝えられた。以来、大きなネズミを「頼豪鼠」と呼ぶようになったという。

記事の「物語」の節から。長い節は700字で切っています——続きは記事で。