あやかしを視るα版
土蜘蛛(鳥山石燕『今昔画図続百鬼』)
絵:土蜘蛛(鳥山石燕『今昔画図続百鬼』)。鳥山石燕、1779年(Public domain)出どころ

土蜘蛛

読み
つちぐも
別名・土地での呼び名
八握脛/八束脛/国栖/土雲/大蜘蛛
出る土地
京都府/奈良県
種類
虫

土蜘蛛/土雲(つちぐも)は、上古の日本においてヤマト王権・大王(天皇)に恭順しなかった土豪たちを示す名称である。各地に存在しており、単一の勢力の名ではない。また同様の存在は国栖(くず)八握脛、八束脛(やつかはぎ)大蜘蛛(おおぐも)とも呼ばれる。「つか」は長さを示す単位であり、八束脛はすねが長いという意味である。 近世以後は、蜘蛛のすがたの妖怪であると広くみなされるようになった。 土蜘蛛は古代、ヤマト王権側から異族視されていており、『日本書紀』や各国の風土記などでは「狼の性、梟の情」を持ち強暴であり、山野に石窟(いわむろ)・土窟・堡塁を築いて住み、朝命に従わず誅滅される存在として表現されている。「神武紀」では土蜘蛛を「身短くして手足長し、侏儒(ひきひと)と相にたり」と形容し、『越後国風土記』の逸文では「脛の長さは八掬、力多く太だ強し」と表現するなど、異形の存在として描写している場合が多い 。 蜘蛛と称され表記もされるが、上述のような経緯もあり、生物として存在している「ツチグモ」とは直接の関係は本来無い。海外の熱帯地方に生息する大型の地表徘徊性蜘蛛であるオオツチグモ科(Theraphosidae)は、「つちぐも」に因んで和名が付けられているがその命名は近代に入ってからであり、直接的には無関係である。

出どころ: ウィキペディア「土蜘蛛」(CC BY-SA 4.0)。記事の冒頭の要約。

伝説

物語や戯曲での土蜘蛛は、ひろく知られたため、各地に関連した伝説が残される地が存在する。

奈良県の葛城山にある葛城一言主神社には土蜘蛛塚という小さな塚があるが、これは神武天皇が土蜘蛛を捕え、彼らの怨念が復活しないように頭、胴、足と別々に埋めた跡であるといわれる(神武天皇も参照)。

京都市北区の上品蓮台寺には頼光を祀った源頼光朝臣塚があるが、これが土蜘蛛が巣くっていた塚だといい、かつて塚のそばの木を伐採しようとしたところ、その者が謎の病気を患って命を落としたという話がある。また、上京区一条通にも土蜘蛛が巣くっていたといわれる塚があり、ここからは灯籠が発掘されて蜘蛛灯籠といわれたが、これを貰い受けた人はたちまち家運が傾き、土蜘蛛の祟りかと恐れ、現在は上京区観音寺門前町の東向観音寺に蜘蛛灯籠が奉納されている。一説では、頼光の父・源満仲は前述の土豪の鬼・土蜘蛛たちの一族と結託して藤原氏に反逆を企んだが、安和の変の際に一族を裏切って保身を図ったため、彼の息子である頼光と四天王が鬼、土蜘蛛といった妖怪たちから呪われるようになったともいう。

記事の「伝説」の節から。長い節は700字で切っています——続きは記事で。

関わる神1柱

神の頁はやおよろずを辿るにあります。関わりは人が書いた表で、出どころを添えています。