あやかしを視るα版
前鬼・後鬼(Hokusai Manga)
絵:前鬼・後鬼(Hokusai Manga)。Katsushika Hokusai、1819年(Public domain)出どころ

前鬼・後鬼

読み
ぜんき
出る土地
奈良県
種類
鬼/天狗
出る場所
道

前鬼・後鬼(ぜんき・ごき)は、修験道の開祖である役小角が従えていたとされる夫婦の鬼。前鬼が夫、後鬼が妻である。 役小角を表した彫像や絵画には、しばしば(必ずではないが)前鬼と後鬼が左右に従う形で表されている。役小角よりは一回り小さい小鬼の姿をしていることが多い。

出どころ: ウィキペディア「前鬼・後鬼」(CC BY-SA 4.0)。記事の冒頭の要約。

概要

名は善童鬼(ぜんどうき)と妙童鬼(みょうどうき)とも称する。前鬼の名は義覚(ぎかく)または義学(ぎがく)、後鬼の名は義玄(ぎげん)または義賢(ぎけん)ともいう。

役小角の式神であったともいい、役小角の弟子とされる(実在性および実際の関係は不明)義覚・義玄と同一視されることもある。

夫の前鬼は陰陽の陽を表す赤鬼で鉄斧を手にし、その名の通り役小角の前を進み道を切り開く。笈を背負っていることが多い。現在の奈良県吉野郡下北山村出身とされる。

妻の後鬼は、陰を表す青鬼(青緑にも描かれる)で、理水(霊力のある水)が入った水瓶を手にし、種を入れた笈を背負っていることが多い。現在の奈良県吉野郡天川村出身とされる。

前鬼と後鬼は阿吽の関係である。本来は、陰陽から考えても、前鬼が阿(口を開いている)で後鬼が吽(口を閉じている)だが、逆とされることもある。

伝承

元は生駒山地に住み、人に災いをなしていた。役小角は、彼らを不動明王の秘法で捕縛した。あるいは、彼らの5人の子供の末子を鉄釜に隠し、彼らに子供を殺された親の悲しみを訴えた。2人は改心し、役小角に従うようになった。義覚(義学)・義玄(義賢)の名はこのとき役小角が与えた名である。彼らが捕らえられた山は鬼取山または鬼取嶽と呼ばれ、現在の生駒市鬼取町にある。

なお、静岡県小山町須走にも、役小角が前鬼と後鬼を調伏し従えたとする伝説がある。千葉県銚子市には、江戸時代に生駒の鬼取山鶴林寺に巡礼した渡邊郎衛門という人物が千葉高神村に帰郷後、前鬼を祀って信仰した山があり前鬼山(御前鬼山)と呼ばれた。

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